ここ数年、福岡市は再開発促進事業「天神ビッグバン」で盛り上がっている。その一環として「ザ・リッツ・カールトン福岡(The Ritz-Carlton Fukuoka)」が開業したのは2年近く前だ。明治通り沿いにひと際そびえる高111mのガラスタワー。ビジネス街・繁華街にありながら、すぐ近くには緑豊かな福岡城跡や大濠公園などもある。
ホテルの正面玄関を入ると明るい木造りのエントランスが出迎える。長い廊下を抜けた広い空間には赤い台座に豪華なフラワーアレンジメントが鎮座する。背後には「宗像大社」をモチーフにした水墨画ストリングアート(幅10m)が美しい。館内に漂う「ザ・リッツ・カールトン」オリジナルアロマも官能的で心地よい。

奥のエレベーターで18階ロビーフロアへ向かう。インテリアデザインはオーストラリア拠点のLayan Architects + Designers。博多織からインスピレーションを受けたアートワークや、籃胎漆器や久留米絣、九州の職人による有田焼などの器・絵画が飾られている。ロビーフロアの大きな窓からは、福岡の街並みを見渡せる。遠くには博多湾が夕日に照らされ煌めき、何とも美しい眺望だ。
18階左側には、福岡伝統芸がシックモダンな日本料理「幻珠 会席」「幻珠
鉄板焼」「幻珠 by 鮨 将司」がある。そうそう前回の「幻珠 会席」は、Louis Roederer副社長兼醸造責任者ジャン・バティスト・レカイヨン(Jean-Baptiste Lécaillon)氏を迎えての「ルイ・ロデレール ディナー」で伺った。最新のルイ・ロデレールの取り組みを直接うかがえる貴重な機会になった。

右側に進んで奥にあるのが、オールデイダイ ニング 「ヴィリディス(Viridis)」だ。ラテン語で「Green」 を意味するこのレストランのコンセプトは「Farm to Sky(農場から空へ)」。九州産の新鮮野菜をふんだんに使った多国籍料理が頂ける。
17~19世紀の北欧の邸宅にあったオランジュリーがモチーフと言う内装は、木々の温かみに包まれた穏やかな空間だ。伝統工芸「籃胎漆器」から着想を得た壁紙や、オブジェとしての小石原焼皿が印象的だ。前回は「アマラントス x ペリエジュエ」ディナーイベントで来店した。

そんな「ヴィリディス」は現在、シンガポールの有名レストラン「béni」の山中賢二シェフが着任して話題になっている。山中シェフは「銀座 ロオジエ」等を経て2012年からザ・リッツ・カールトン東京「AZURE45」でスーシェフを務めた。2015年からはシンガポール「béni」でエグゼクティブシェフを務め、8年連続(2016年~2023年)でミシュラン・シンガポールで1ツ星を獲得。
そして2024年10月より「ザ・リッツ・カールトン福岡」の副総料理長「Viridis」料理長に就任したというわけだ。春の爽やかな日差しの夕方向かった「ヴィリディス」、ゆっくり山中シェフのDegustationコースを頂こう。

まずはワインリストから「ドン・ペリニヨン 2013(Dom Perignon)」をチョイス。夕日に煌めく透明感のある薄いイエローの中を、微細な泡が立ち上る。ドンペリらしいイースト香に柔らかな樽香が調和するいつもながらの香りが漂う。溶け込みつつある泡が優しくも輪郭のはっきりしたミネラル感になじんでおり、余韻に旨味を広げてくる。
そこへわざわざ挨拶に来てくれたのは、坂本レストランマネージャーと、「幻珠 会席」中島料理長と橋本マネージャー。いつもお世話になっている方々の笑顔に癒される。

まず「福岡県星野村産 八女玉露 鮎魚醤 福岡県産 かき酢 小関農園 オリーブオイル」からスタートする。山中シェフの独特の世界観が食べ手に伝わるプレゼンテーションの始まりだ。
二週間前に日光を遮った八女の玉露をまずはウエルカムティーとして頂く。玉露を飲み終えた後、残った茶葉に鮎魚醤やオリーブオイルを垂らして茶葉まで堪能するという趣向だ。魚醤と塩が程よく効いている。山の茶葉をなんとも言えないアクセントとして頂いた。自家製ブレッドは布で囲まれて保温されている。シンガポール「béni」時代からの提供方法だ。

続く「福岡県産 和白ねぎムース みらいサーモンのマリネ パルミジャーノ・レッジャーノ」。サーモンのマリネの艶やかな紅色の上に、福岡産和白ネギのムースの白が鎮座する。真っ白なプレートの端にはパプリカパウダーも振られる。
柔らかな味わいの中に素材の玉ねぎが大きく、優しく立ち上る。微かなパルミジャーノの塩気とパプリカパウダーの風味とともに完成する。一つ一つ繊細な味付けだが、頂くうちに混然一体となったバランス良い味わいが、最後に余韻に残った。
そして「福岡県産 鰆 オシェトラキャビア カラフル大根 菜の花 ルッコラ」は、しっとりした仕上がりの鰆の上にオシェトラキャビアを乗せ、周りに春の菜の花や緑のソースを流した。

お楽しみのシグネチャー、「 マッシュルーム カルテットトリュフ風味の茶碗蒸し カレーオイル」が登場してくる。シンガポール時代から人気の一皿と言うから楽しみだ。
茸のパウダーをふって完成するが、数種類のきのこをベースにしたクリーミーな食感自体も艶めかしい。食べ進めるうちに、オリーブオイルにシナモン・八角・オレンジピールなどの利いたカレーオイルが、また別の風味を立ち上げてくる。深みのある味わいは、前半のプレートからギアを数段上げてきたのが分かる。香りと余韻の存在感が印象に残る。

この夜は、特別にグラスワインが充実しているとの事だったので、色々と楽ませて頂いた。まずは大好きな「ルイ・ラトゥール コルトン・シャルルマーニュ 2020(Louis Latour Corton Charlemagne Grand Cru)」。
ブルゴーニュを訪れコルトンの丘を登って以来、我が家の定番になっている1本だ。「ルイ・ラトゥール」はドメーヌではなく大手ネゴシアンだが、そのワイン達は一定の水準を超え、安心して楽しむことができる。その中でも「コルトン・シャルルマーニュ」は群を抜いて定評がある。輝きのある黄金色はいつもながら美しい。薄い蜜・黄桃。美しく存在感のある酸がミネラルとともに全体の骨格を形作っている。

さて続く料理は「甘鯛 エビ 椎茸 福岡県産 蕪 ロブスタージュ」。外目をパリパリに仕上げたアマダイだ。そこに付け合わせの艶かしい椎茸の上には、エビのムースを。レモンとオイルのソースなど食べ手も食べ飽きない、楽しい仕上がりだ。
こちらには同じく「ルイ・ラトゥール ムルソー 2022(Louis Latour Meursault)」を合わせた。「コルトン・シャルルマーニュ」よりも落ち着いた酸に深みある旨味と甘み。村名ワインらしい大柄でまろやかな味わいは、料理と相乗効果を見せてくる。

メインは、薩摩牛サーロインのグリルに差し替えてもらう。「鹿児島県産 薩摩牛サーロインのグリル 季節の野菜 ポテトムース エシャロット マディラワインソース」だ。
季節の野菜の素揚げがいかにも春っぽい実に良いアクセント。サーロインのグリルの上に敷かれたエシャローットのソースが軽やかさを添えつつ、下に敷かれたマディラワインソースで最後にぐっと味わいに深みを持たせてくる。変化を感じながらサーロイングリルを最後まで楽しめた。

赤ワインのグラスは、「ルイ・ラトゥール シャンベルタン 2010(Louis Latour Chambertin Grand Cru Cuvee Heritiers Latour)」と「コルトン・グランセイ 2019(Louis Latour Chateau Corton Grancey Grand Cru)」を提供してくれた。
シャンベルタンは動物の皮、熟れたプラム、凝縮した赤い果実の落ち着いた香りが柔らかく漂う。タンニンは溶け込み、どこまでも滑らか。シャンベルタンに求めたい複雑さや荘厳さはないものの、ある意味「ルイ・ラトゥール」らしいストレートで分かりやすい飲み口だ。
「コルトン・グランセイ」は優良年のみ作られるキュヴェ。「レ・ペリエール」「クロ・デュ・ロワ」「レ・ブレッサンド」「レ・グレーヴ」「レ・ショーム」の5つの区画をブレンドする。大きくはないがチャーミング飲み口。ミネラリーな中盤から引き締まった余韻はいかにもコルトンらしい。

デザートは春らしい「福岡県産あまおうのヴァシュラン 薔薇 わさび フロマージュブランのジェラート」。美しいピンク色が心地よい食感と共に食後のテーブルを彩ってくれる。最後の小菓子は「マドレーヌ/ゼリー/チョコ」で締めくくられた。モダンでありながら随所に食べ応えもある料理たち。各料理の完成度も高く、安心してワインとともに楽しめる。また愉しみなレストランが福岡に登場した。

ちなみにここ「ヴィリディス」では、ディナーだけでなくフレンチ・ブランチも期間限定で用意している(3月1日~6月1日)。5月3日・4日は「博多どんたく」もあるので、その期間は賑やかであろう。
また5月14日にはミシュラン東京1ツ星の六本木「ル スプートニク(le sputnic)」の髙橋雄二郎シェフ(福岡出身)を招いた一夜限りのフォーハンズ・ディナーを開催するなど、様々なイベントも用意されていくというから楽しみである。

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