「鮨 副島康広」アートな薩摩切子皿に映える博多寿司

福岡市の中心部から15分程度、警固本通りを抜け住宅街に入って行くと見えてきたのは「すし 副島康広」だ。我が家的に博多寿司と言えば2019年に開業したこちらになる。ご主人の副島康広氏は16歳から親元を離れ大阪の老舗寿司屋で修行。その後福岡に戻り20歳から18年間に渡って博多寿司の名店「鮨割烹 やま中」で働いた後、独立した。
マンションの1階、正面のモダンな扉には「副島康広」とロゴが見える。両側にはめられた曇りガラスを通し、薄っすらと店内の温かみを感じる光が漏れ出ている。ドアを開けると清潔感あふれる明るい空間が広がっている。店舗設計は百枝優(長崎出身)氏。フラクタル幾何学的枝が広がる丘の礼拝堂「長崎あぐりの丘高原ホテル ”Agri Chapel”」も設計し、海外での評価も高い。

鮨 副島康広 博多寿司

そう言えば「鮨割烹 やま中 本店」の設計をしたのはプリツカー賞の磯崎新(大分出身・2022年没)氏。店舗設計にこだわるところも「やま中」譲りと言えそうだ。壁には朱色の艶やかなパネル。3枚朱色のトーンを変えてグラデーションにしている。店外からもすりガラス越しにボンヤリと朱色が浮かび上がって綺麗だ。朱は太陽、そして摺りガラスの青は海をイメージしている。
6席の白木のカウンターにもこだわり、付け台の高さから3cmだけ低くしている。「さらしの仕事なので、隠さず料理する様も舞台のように見て頂きたい」と言う思いから、客席から料理の手元も良く見えるようにしたとの事。なるほど夜は客席側の頭上ライトも絞り、ぼんやりと舞台のように浮かび上がる様も綺麗だ。

鮨 副島康広 博多寿司

まずはシャンパンをボトルで開けて乾杯しよう。開けたのは定番「ルイ・ロデレール クリスタル ブリュット 2008(Louis Roederer Cristal Brut)」。細やかな美しい泡がグラスの底から立ち上る。柑橘、白い花の蜜。アタックには穏やかながらしっかりしたミネラル感と高い酸が口の中で旨みを広げる。以前飲んだ同「2008」よりバランスが取れ、やや熟成を始めていた。
そこに運ばれた1品目は「竹崎・渡り蟹(オス)の冷製」。焼茄子、トマトやオクラなど糸島の野菜と共に、カツオと昆布の出汁の優しい旨みが全体の味わいをまとめ上げる。40分も白胡麻を煎ったというのだからさすがに風味がたってくる。

鮨 副島康広 博多寿司

続く「ノドグロ」は長崎・対馬の地獄縄一本釣りだ。真空状態にして6日寝かせ水分とえぐみを取ってから、表面を炙った。糸島の小松菜と北海道根室のウニに、卵黄と大吟醸酒と繋いだソースで頂く。ノドグロのピュアな脂身が程よく仕上がってる。
次は「甘鯛」。羅臼昆布の出汁はアオサの塩味だけと言う。アオサをマイナス60度に凍らせそこに出汁を注ぐ。羅臼昆布らしい微かな黄色かかった出汁に常温に戻ったアオサが浮かぶ。アマダイの旨みがナチュラルな塩味と羅臼昆布の甘みと香りでより引き出される。最近は定番料理として必ず出すようにしてるという。なるほど納得の味わいだ。続いて「玄界灘・平目の昆布じめ」。片面だけを締めて脱水をかけてる。そこに自家製ポン酢をかけて効率的に吸収させるのだ。上に乗せた北海道・余市のあん肝のペーストもいきている。

鮨 副島康広 博多寿司

目の前には有田焼・源右衛門の華やかな皿、唐津焼の大きな花瓶、九谷焼の小鉢に萩焼の茶碗、組子のコースターなどなど趣味の良い器類が並ぶ。今回はそれらに加え、一年掛かりで特注した薩摩切子の皿が登場した!これは珍しいだろう。カウンターの幅に合わせたサイズで、白・赤・黒とこだわった切子細工はとても美しい。
その他も薩摩焼、「沈壽官窯(ちんじゅかんがま)」の白薩摩も登場した。沈壽官窯と言えば16世紀末から鹿児島薩摩焼の総帥としての役割を果たし現在15代を数える。ずっしりとした黒薩摩が定番だが、白薩摩は可憐でまた違った趣きだ。鹿児島の世界遺産「仙巌園」で仕入れた品々が、華やかに料理を引き立てる。

鮨 副島康広 博多寿司 鯨

次は「ノドグロの温寿司」。ノドグロの炭焼きを寿司にして温かいとろみあんと共に頂く。あんもノドグロ25本分の骨を焼いて出汁を取ったとの事。一人でコツコツ作業できるならではの完成度だ。ノドグロと甘鯛はとにかく良いものがあれば市場から連絡してもらい、毎日のように仕入れるという。
そして「イワシクジラ」。アイスランド産イワシ鯨を炭焼で炙って、自家製柚子胡椒を塗った後に、まろやかな秘伝のタレを注ぐ。さらにニラ醤油も香りつけにしている。何とも風味豊かに仕上げたクジラだ。余韻にはクジラ独特の風味が長く残る。長崎から仕入れており、福岡ではここ「鮨 副島康広」と、双子の兄が営む「鮨 そえ島」とだけ手に入ったそうだ。

鮨 副島康広 博多寿司

工夫を尽くした料理にシャンパンのペースもいつもより早く早々に飲み干してしまう。急遽、白ワインもボトルで開けていくことにする。「ジョセフ・ドルーアン ドルーアン・ヴォードン シャブリ グラン・クリュ ヴォーデジール 2020(Maison Joseph Drouhin Chablis Grand Cru Vaudesir)」だ。グラスに注ぐとグリーンがかったゴールドが煌めく。
ドルーアンはシャブリの特級畑ヴォーデジールは1.4haの自社畑を所有し、ビオディナミで栽培する。平均樹齢は30年、フレンチオークで12ヵ月間熟成、新樽は使用しない。レモンの皮、控えめな樽香。エレガントな酸が大きなミネラル感とともに凝縮した果実の旨みをまとめあげる。まだ開いていないが料理に寄り添い、飲み進められる。

鮨 副島康広 博多寿司

まだまだ出てくる工夫を尽くした料理達。続いて「白甘鯛の茶碗蒸し」。こだわりは白甘鯛で出汁を取った事だ。中には28日仕込んだ唐墨が沈み、唐墨のあんで仕上げてある。更に続いて運ばれたのは「筋子の醤油漬け」、シャリに乗せてある。プリッとした食感が走りの筋子らしい美味さだ。シャリは赤酢と米酢のブレンドで酸味を強くしたとの事。

鮨 副島康広 博多寿司

ではいよいよ「握り」に入ろう。まずは平目の縁側、そしてねっとりした食感の天然紅葉鯛の昆布締めは、昆布の軽い風味が漂う。続く糸島のキス。小さめの鱚を四日寝かせてゆっくり酢を浸透させた。しっかり脱水を掛けて酢が入ってるので滋味深くも深い味わい。
ここで日本酒「純米大吟醸 鍋島 きたしずく」も頂く。佐賀・富久千代酒造「鍋島」の、北海道の米「きたしずく」で醸した純米大吟醸、限定生酒だ。柔らかく甘い葡萄酒のような果実味でクイクイいけてしまう。今宵も料理に合わせて飲みすぎる笑。細工の美しい錫器で美味しさもひとしお。

鮨 副島康広 博多寿司

続いて宗像・鐘崎のヤリイカ。5日ほど水を抜いて、そこに細かい包丁を入れて甘みを引き出した。糸島の柑橘にやはり糸島の塩をアクセントにつけて。
そこへ長崎・壱岐の本鮪(98kg)が登場だ。スジを抜いて中トロと大トロを3枚を贅沢にもミルフィーユ状にしている。口に含むと蕩けるように酸味と甘さが広がり何とも美味である。鮪も時期によって、壱岐、大間、塩釜、那智勝浦などから仕入れている。

鮨 副島康広 博多寿司

続いて熊本・天草のコハダ。4日掛けて少しずつしっかり目に締めた。美しい流線形のそれを口に運ぶと、コハダの旨味がシャリと混然一体となる。定評のある天草や唐津の小肌は豊洲に向かい、東京の江戸前に供せられているが、豊洲に向かう前に仕入れている。そして面白い、白海老とシャリ上にこだわりの卵黄を垂らした小さな「玉子かけご飯」も登場。

鮨 副島康広 博多寿司

更に続いて鳥取の甘海老はオスからメスになる間くらいのもの。福岡有明海苔の最高級・一番摘み「神の手仕事」に巻き手渡しで頂く。一番摘みの収穫量は全体量のわずか10%程度、その中でも厳選に厳選を重ねたわずか0.00001%程度の貴重な海苔がこの「神の手仕事」なのだ。それを目の前の七輪で炙って巻く。風味が広がりその後に甘エビの旨味と甘さが調和する。いつもながらこだわりが随所に見られて楽しい。

鮨 副島康広 博多寿司

そうして終盤、鮪赤身の漬け。いわゆるテンパネ、赤身の上の三角形部分にあたり、お肉とも言われるところ。カツオの風味が余韻に漂う。
続いて北海道・根室のウニは、糸島のジャバラきゅうりの上に置き、これも最高級海苔「神の手仕事」に巻いて頂く。最後は穴子、玉、お吸い物で〆る。もう満腹満足この上ない。

一品一品、日々、試行錯誤しつつ考えてきた細かいこだわりが随所に光る。ツマミ料理も適量で握りも最後までしっかり美味しく頂けた。「出汁にこだわってます」というだけあり、旨味や風味、そして味付けに骨格のある料理。かといって変な濃さがあるわけでなく、自然に肩肘を抜いた味加減がこだわりの素材の本質をピュアに引き出す。鮨職人としての長い経験はもちろん、笑顔を絶やさない副島氏の人柄の溢れ出た料理だろう。これから10年20年と末長く頑張ってほしいお気に入りの博多寿司店である。