この日訪れたのは博多中洲、那珂川のほとりには屋台が立ち並ぶ。そこから1本脇、春吉橋手前の細い道を入って行くと見えて来たのは個性的な「ホテル イル・パラッツォ(HOTEL IL PALAZZO)」。ここは1989年に開業して大きな話題となった知る人ぞ知る名建築。プリッカー賞を取ったイタリア人建築家アルド・ロッシ(Aldo Rossi)が、同じく今は亡きインテリアデザイナー内田繁と手がけたホテルだ。
90年代を代表する大きく独特な「ディスコ」ホールを誇り、イベント会場としても使われ華やかな場所として名を馳せた(現在はホテルのラウンジ「エル・ドラド」に改装)。そうそう私的には、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)全盛期の「ディオール(DIOR)」に招待されて、ここで盛大なパーティーが行われたのを思い出す。世界からゲストが集まり大層盛り上がったものだ。

ロッシは教会や寺院などから着想を得てデザインした。外壁は全て大理石、レンガ・鉄・赤いイラン産トラバーチン・白いローマ産トラバーチン・・今となってはあり得ない豪華な造りとなっている。独特な上と下を分ける階段はルネサンス期の富豪邸宅のイメージだ。
当初はその大会場とは別に、建物サイド(別棟)に4つの異なる趣きの「バー」もあった。ここはロッシのほか、エットーレ・ソットサス(Ettore Sottsass)、ガエターノ・ペッシェ(Gaetano Pesce)、倉俣史朗がそれぞれデザインするという贅沢な空間があった。今は皆亡くなってしまった世界屈指の建築家やデザイナーの作品、いかにここが貴重な建築かが分かるはずだ。

そんな「イル・パラッツォ」前に車を止めると、外国人の案内係数名が立っている。名を告げるとホテル横の敷石を詰めた路地(別棟)へ案内される。マイクで連絡を取りつつカードキーでドアを開けてくれる。いわゆるここは昔その4つのバーの1つであったとすぐに気付いた。まさかあの幻想的な空間が消えていたとは残念だが、その後一時期チャペルとして利用されてたらしい。
という訳でそこに現在あるのは「L’Unique labo(リュニック・ラボ)」、店名の通り唯一無二の実験室(フレンチレストラン)なのだ。内装デザインはなんと、スイスに1991年設立のデザインユニット「Atelier OÏ」が担当している。アトリエ・オイと言えば、我が家的には「ルイ・ヴィトン オブジェ・ノマド コレクション」でお馴染み。「Belt Chair」「Origami Flowers」「Stool By Atelier Oï」など有名だろう。家具や什器、サービスワゴンも全てアトリエ・オイによる特注と言うから素晴らしい。

さて本題に入ろう。浜野雅文シェフは福岡・糸島のトマト農家生まれ。東京「ラ・ロシェル」を経て、2004年29歳で渡仏を決意した。フランス中部「オーキャトーズフェヴリエ サン・ヴァランタン(Au 14 Février Saint-Valentin)」、リヨン「ラ・プラージュ(La Plage)」で修行した後、2007年に「オーキャトーズフェヴリエ サン・ヴァランタン」に戻り、2代目シェフに就任。サン・ヴァランタンの地元の人達にも愛され評判となる。
そして2012年にはフランスミシュラン1つ星を獲得した。2013年に暖簾分けの形で独立開店した「オーキャトーズフェヴリエ サンタムール・ベルヴュ(Au 14 Février Saint-Amour-Bellevue)」でも早速翌2014年1つ星、そして2018年には念願の2つ星に昇格。2023年に日本に帰国するまで、6年間2つ星を獲得し続けた。

つまりは20年近いフランスでのキャリア、しかも温度差のない2つ星の味わいを堪能できるというわけだ。ちなみにサン・ヴァランタンは愛の村、サンタムールも聖なる愛の村と呼ばれ、浜野シェフの料理には「ハート」がモチーフとして沢山登場するのも楽しい遊び心。ハート形エディブルフラワー”ジュリアン”や、黒トリュフもハート型になっていた。帰国後約2年をかけて構想を練り昨年10月にこちらをオープンした。
解除された扉を入って行くと、笑顔で迎えてくれたのは濱邊陽平ソムリエ。彼はホテル日航福岡「レ・セレブリテ」にいた時から良く知っているので、「リュニック・ラボ」のソムリエになったと知った時は驚いたものだ。こちらはブルゴーニュワインの品揃えに富み、ワインと接点の多い料理が特徴の一つなので、ベテランソムリエの存在は頼もしい限り。我が家の好みも熟知してくれているので安心だ。

店内に一歩足を踏み入れると、真っ白で優しく穏やかな空間が広がり一気に世界が変わる。6mを超える天井高はホテル開業当初からのまま、教会の様な三角型が印象的だ。入口すぐの所に、水墨画家・西田壽夫作の「オードリー・ヘップバーン」。インテリア全体にアーチ型デザインを用い、柔らかな風情を演出している。
まずは入口横の手前空間、ソファーが向き合うウェイテイングエリアに案内される。ガーデンをイメージしたワイヤーが架かっている。ワインセラーを中心にライブラリー、シェフがセレクトした書籍が並ぶ。飾り棚には「リーデル(RIEDEL)」ハートのデカンタなどが並ぶ。iPadワインリストの中から、前回訪問時は「クリュッグ(Krug Grande Cuvee)」ハーフボトルをチョイスしたので、今回は「ドゥラモット ブラン・ド・ブラン(Delamotte Blanc de Blancs)」にする。いつもながら切れ味のある酸味とミネラル感が上質な味わいだ。

奥に見えるのは明るいオープンキッチン、手前に半円形のカウンター8席が取り囲むように設けられている。カウンター内側の棚は、ワイングラスの高さに合わせて作られている。店内のどこから見ても、キッチンを舞台として設計したのが分かる。いつもの席に案内される。セッティングされているショープレートは「ベルナルド(BERNARDAUD)」のマルク・シャガール(Marc Chagall)「ブーケ・ドゥ・フルール(Les Bouquets de Fleurs)」。モーニングに成形されたナプキンに日替わりの生花、そしてメニュー表。
メニューの美しい絵画は毎回糸島の風景画家・宮田ちひろ作と決まっている。4月・5月は「糸島の青々とした麦畑」を描いたものだ。メニューは全11皿のコース「Menu L’Unique」のみで2ヶ月毎に変わる。ちなみに6枚集めたら「いいもの」が貰えるらしい。

キッチンの中ですでにテキパキと動くスタッフの動きに目をやっているうちに、まず「食前のお愉しみ」が登場してきた。「ソリ」「ジュエリーボックス」「ハートのピック」など、いつも可愛らしい演出で細部まで凝っているプレゼンテーションだ。今回は、「バスケット」の中に森の中の地面から顔を出すキノコのように、2種類のマカロンが鎮座する。トマト風味のマカロンと子牛のクリーム煮、もう一つはミント風味のマカロンとペコリーノ・ロマーノ。可愛い黒豚のチュイールは竹炭、そしてラードを使って仄かな重さを出している。こちらは今コースのテーマを表している。
お馴染みのスポイトは、ベーコンとオリーブのカヌレ。ハート形のマンゴーの薄いゼリーを被せ、さらにマンゴージュースの入ったスポイドを刺した。カヌレを口に入れたところでスポイドからジュースを自ら口中に注入する・・そんな遊び心溢れた趣向に会話も弾む。

浜野シェフがキュート笑顔で登場して(笑)「はじまりの詩」3種の説明をしてくれる。ガラスのスプーンは、春キャベツのエチュベとピペラードを詰めたホタルイカ。それにブルーベリーの香りを添えた。そして真ん中、熊本産馬肉のタルタルはアンチョビマヨネーズと焦がしポワロー風味に日向夏のジャムも添えた。
「スコップ」もかわいい白い器は、鴨のフォアグラフランの上に苺とフランボワーズのソース、オリーブオイルを乗せた。クルミのクランブルの食感とともに美味しく頂く。とにかくディテールがすごい。

次は浜野シェフの「スペシャリテ」だ。毎回美しいエディブルフラワーに心奪われるアートな作品。ゲストそれぞれのイメージでデザインや風味(ライムなど)を変えていると言う細かさだ。今回はズワイガニと白菜のエチュベに、新玉ねぎのエスプーマを重ねた。前回は金時人参だった。オシェトラキャビアも贅沢に姿を見せる。フィンガーライムとライムのジャムとともに頂く。ズワイガニの風味がいかにもフレンチらしい美味しい余韻だ。
添えられたのは「ワッフル」。被せられたグラスの中に貯められた燻香(ジャック・ダニエル樽のチップ)をテーブルに放つ演出だ。前回は「オリーブとアンチョビのタプナードワッフル」で、今回は「カカオのワッフル」。全てがエンターテイメントだ。

次も華やかな可愛らしい「愛の風船」と名付けられたプレート。可愛いオマールのチュイルが風船3つ持ってるデザインだ。赤い風船はビーツ、黄色い風船はニンジン、そして風船の紐はパイナップルのジャムで描いた。メインの白い大きな風船は、ホワイトアスパラガス、オマールブルー、「みらいサーモン」のタルタルなどが潜んでいる。上にはパイナップルのジュで作った薄いベールも被せた。まわりにはマスの卵やパイナップルのシャンティクリームも添えられた。
ホワイトアスパラガスはレモン水で茹でて6分漬けたと言う。フランスのアスパラガスは苦味があるため、それを柔らかくし雑味を抜くためだ。日本の「お浸し」を取り入れたシェフならではの技法を駆使している。食べ終わった後に全ての味わいが爽やかに、軽やかに収斂していく・・そんな前菜だった。

続いて「博多地鶏のバロティーヌ」。胸肉とホタテのムース、フォワグラのムースとオレンジを包み込んでローストした。周りを彩るように流されたソースも3種類。カブラの柔らかいすりおろしに、地鶏の出汁、そして食感の残るカブの葉っぱ部分を抽出したミドリが薫る。添えられたピーカンナッツ、オレンジのジャムもいい。地鶏の皮めの風味や出汁の味わいが、地鶏を食べたという食後感を確かに残してくれる。コース前半の締めとでもいうべき満足度の高い前菜だった。
これに合わせてくれた白ワインは「ジョセフ・コラン サン・トーバン コンパンディウム(Joseph Colin Saint-Aubin Compendium)2023」。サン・トーバンを代表する生産者のひとつマルク・コランの次男、ジョゼフが2017年に独立したドメーヌだ。実家からは6.5haの畑を引き継いだ。ちなみにマルク・コランの長男は今や大人気の「ピエールイブ・コラン・モレ(Pierre Yves Colin Morey)」。

要約を意味する「コンパンディウム」という名のワインは、サントーバンの複数畑から収穫した葡萄をブレンドして醸造しているから。可憐な白い花、オレンジ、ハーブ、程よいミネラル感は優しく、微かな樽のニュアンスがアクセントになる爽やかなサントーバンだ。まさに「サン・トーバン」の要約した魅力が味わえる白ワインだろう。
次は「地中海からのメッセージ」、春のコートダジュールと糸島の麦畑をイメージした魚料理だそうだ。毎週五島から届く鮮魚、今回は「スジアラ」のブイヤベース仕立ての一皿。下にはおし麦入りの「空豆のリゾット」が潜んでいる。ウイキョウも様々な形で添えた。ソースはブイヤベースにオマールも合わせ、最後に糸島産ほうれん草でミドリを添えた。メニューに描かれた「糸島の麦畑風景」が皿の上にも広がる、芸術作品だ。プレートの手前に添えられた糸島産レモンのジャムを落とし込みながら頂く。

ここで提供された「ブリオッシュ」もいい塩梅。コースを通じて3種類のパンがとても美味しい。料理に合わせてタイミング良く提供されるのも、緻密なコース設計で感心する。メインの前に出される「愛のカタチ」はパッションフルーツのグラニテ。プチプチと口の中で爽やかに弾ける口直しだ。ピンクのハイビスカスの炭酸エスプーマの上には白いハート、小スプーンにもハートの穴とここにも抜かりない愛。
いよいよメインは「バスク地方の春」、今期のテーマであるビゴール豚の登場だ。フランス原産の黒豚・ビゴール豚は、浜野シェフ自ら生産地を訪ねた思い出深い食材だという。浜野シェフ曰く「美味しく仕上げるからねーと言いながら優しく撫でてあげました」とシュールだ。

フランス南西部・バスク地方の風景を表現した一皿。ビゴール豚のロース肉に低温で火を入れ、仕上げに備長炭で炭火焼きにした。春らしいモリーユ茸の中にもビゴール豚のミンチを詰めてクリーム煮にした。付け合わせの新ジャガイモのコンフィには甘夏のピューレを乗せ、さらにビゴール豚のパンチェッタの薄切りものせて。
豚の周りを彩るクーリはカリフラワー・ブロッコリー・グリンピース、そして甘夏が色艶やかに白いプレートに点描される。そしてイベリコ・ベジョータのチョリソー入りジャガイモのピューレ、更にはバスク地方の香り高い赤唐辛子も添えられた。引き締まった肉質のビゴール豚を噛み締める。奥深い味わいのソースはマルサラ酒とフォンドヴォ一。各ピューレを少しずつ絡めながら、味わいの繊細な変化を贅沢に楽しんだ。ビゴール豚はいつ以来かな?と記憶を紐解くと「ラトリエ・ド・ジョエル・ロブション」や「エディション・コウジ シモムラ」など・・思えば久しぶりであり大満足であった。

ここで赤ワインも頂いていこう。前回はボトルで「セラファン ジュヴレ・シャンベルタン プルミエ・クリュ レ・カズティエ(SERAFIN · Gevrey-Chambertin 1er Cru Les Cazetiers)2019」を開けたが、今回はグラスを濱邊ソムリエにお願いする。出してくれたのは「アルマン・ハイツ ポマール 1er Cru レ・ペゾロル(Armand Heitz Pommard 1er Cru Les Pezerolles)2019」。19世紀から続く栽培農家のロシャルデ家。栽培した葡萄をジョセフ・ドルーアンに販売するネゴシアンだったが、アルマン・ハイツが2012年にワイン造りを開始した。テロワールを活かした自然な作りは、定評を得ている。レ・ペゾロルはモノポール、アルマン・ハイツの哲学が一番見て取れるだろう。「レ・ペゾロル」という名はポマールの旧家にちなむ。
ブラックベリーとラズベリー、チャーミングなドライフラワー。細かく引いたスパイス。優しいアタックから、存在感あるも柔らかさも感じるきめ細やかなタンニンが広がり、エレガントな余韻は長い。ポマール特徴の骨太さ、ペゼロールの白色の泥灰質土壌から来る軽快さ、そして「アルマン・ハイツ」のナチュラルな作りが、バランスよく統合された上質な赤だ。

デセールは2種類でてくる。「ホテルニューオータニ博多」で10年研鑽を積み、ホテルイベントで浜野シェフの世界観に共鳴したパティシエールが作り出すとっても芸術的なデザートだ。前回は「試験管」が登場した。1品目は2種類のメロンを味わう。スモークが流れる中、マスカルポーネとメロンの果肉が絶妙に爽やかだ。
そしてお馴染みのドームは、今回はホワイトチョコレートで黄色。ドームの穴に棒が何本か通っているデザインだ。それに温かいライチのソースをかける・・溶けゆくドームの中から甘夏やエディブルフラワーにアーモンドなどが現れ、ドームを崩しつつ楽しく頂く。初夏らしいメリハリのあるデセール達だった。そう言えばバレンタイン時期はピンクのドームで、赤い果実と赤ワインのソースでドームが溶けて行き、周りのハート飾りが振り落ちてとても秀逸な仕掛けだった。

最後は3つの重箱に入った「食後のお愉しみ」、最後まで技術や手間が細かくて驚く。「シャガール ブーケ・ドゥ・フルール」で紅茶を頂きながら洗練されたコースの余韻に浸る。浜野シェフがフランス2つ星のレストランを閉じて日本に戻るという報を聞いた時は、てっきり東京で出店するのかと思っていた。浜野シェフいわく「フランスでもパリは全く考えなかった。帰国する時も東京は全く考えていませんでした」と言う。
地元糸島、そして福岡に根ざしながらさまざまな料理をクリエイションする浜野シェフ。各プレートに必ず使うフルーツという特徴に、複数のソースやピューレも掛け合わせ、上質な素材の味や季節感がなんとも上品に浮かび上がってくる。そんな浜野シェフならではの美しい料理を、彼のこだわり抜いた愛溢れる世界で堪能できるレストランだろう。

L’Unique labo
Cuisine Française Restaurant
Fukuoka-shi, Fukuoka, Japan
〒8100003
リュニック・ラボ
福岡県福岡市中央区春吉3丁目13-1

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